娘の言った言葉に、この父親の心と魂は大きく動かされた。私はハンドルに顔を伏せて泣き崩れた。そして私の心の奥深くに改めてメアリー・ファーが与えてくれた「無条件の愛」のイメージが浮かんできた。彼女が母のよう愛で私を受け入れてくれたことは、どのような文化も人種の違いもなかった。世界で起こる戦争のすべての問題の根っこは、人間の心にある恐怖、闘争、不信感、分離の意識であり、問題は決して原爆ではないと最終的に私は気づいた。核兵器は無くなったほうがいいに決まっているが、その廃絶だけに意識を集中させることは、問題の核心から注意をそらしてしまうかもしれない。


その声はこう続けた。
「どんな人にも悪に悪で報いてはいけない。自分の恨みを晴らすより、怒りに席を譲りなさい。復讐には天罰が下るだろうと、聖書に書いてある。汝の敵が飢えていたら食べ物を与えなさい。喉が渇いていたら飲み物を与えなさい。そうすることで、汝は恨みに報いる徳をもってして相手を恥じ入らせる。悪を悪で克服しようとせずに、善で悪を克服しなさい。」
私はこれらの真実に直面し、苦しんでいた。私は岐路に立っていた。「復讐」か、それとも「赦し」か。私の心はこの2つの間を行ったり来たりしていた。


その時突然、開いていた窓から一匹の白い蝶が飛んできて、ダッシュボードの上に止まり、虹色の羽をぴったりくっつけてしばらくそこにいた。その蝶は40年前に夢で見たあの白い蝶のようであり、またメアリーがある日の午後、精神病院の庭を自由に歩き回らせてくれた時に見た蝶のようでもあった。その虹色の羽を持つ白い蝶が、きらきら輝く太陽を背に自由に青空高く舞い上がろうと車の外へ飛んでいったその瞬間、私の心から過去の重荷が取り除かれたようだった。私は「赦し」という内面からの変容を感じた。蝶が青い空の彼方に消えた時、あの夜聞いたのと同じ天使のようなメロディーと、白い蝶になった“千羽鶴”の叫んでいる声が聞こえた。


「貴士、あなたが誰であるか覚えていなさい。そしてどんなことがあっても、あなたの心に従いなさい。貴士、お父さんの言葉を覚えていなさい。たーかーしーー、おぼえていなさーーーい、あなたがーーーだれであるかーーー、そして、いつもあなたのこころにしたがいなさーーーい!」
「貴士、目を覚まして、あなたが見つけた平和を花から花へと伝え広めなさい・・・。」
おそらく、あの夜と白い蝶が飛んでいった時に聞いた歌は、この歌だったのかもしれない。私は、夢で千羽鶴である白い蝶を囲んだ自分の両手に目をやった。


ちょうちょ ちょうちょ なのはにとまれ
なのはにあいたら さくらにとまれ
さくらのはなの はなからはなへ
とまれよあそべ あそべよとまれ