2005-01-01から1ヶ月間の記事一覧

不気味な真っ黒な雲が、私達の方へと流れてきた。その黒い雲はもくもくと立ち上っていき、太陽の最後の一筋の光をも覆い隠した。突然訪れた暗闇に、私達は何か得体の知れない新しい恐怖を待ち受けていた。そしてギザギザの稲妻が空を切り裂いたかと思うと、…

もうすぐ死にそうな人たちは、方向感覚をなくし目的もなくさまよい歩いていた。親たちは、瓦礫の中に子供たちが残されていないか探し回り、裸の子供たちの遺体を見つけると、あまりのショックから金切り声で叫んでいた。破壊された店先や家から、黒焦げの死…

鬼になった私は、目隠しをして数を数えていた。 「10、9、8、7、6、5、4、3・・・」 その時突然、強烈に眩しい光が広島を覆った。何の用意をする間もなく・・・。教室の時計の針は8時15分で止まった。 1945年8月6日、午前8時15分。広島…

私は彼を呼んだ。その自分の甲高い声で、私は目を覚ました。むっとする防空壕の中で、私は父の片方の足の上に頭を乗せていた。そして、空襲解除のサイレンが鳴り響いた。 「家に帰ろう。」と父が言った。 その夜、私は心地よい布団に横になり、鶴と蝶の夢を…

「ぼくは長い間君を待っていたんだよ。」 オーボエのような音が沈黙を破った。私と同じくらいの年頃の少年の声だろうか? 私は声の主を探しながら、辺り一面を見渡した。 「ぼくはここにいるよ、貴士!」 私は息が止まった。赤い冠毛を持った大きな白い鶴が…

私達は町を越えて深い緑の田舎に急降下し、森を流れる小川や、動いている鹿たちのそばを急いで進んでいった。夏のそよ風は、来る秋の冷気を漂わせていた。木の葉は秋の模様に変わり、森の地面に落ちた。何の警告もなしに激しい風が吹き、冷たく薄暗いどんよ…

その夜、ある時から誰かが私をじっと見下ろしているような気配を感じて目を覚ました。目をこすりながら体を傾けたが、ぼんやりとした闇の中には何も見えなかった。その時、はっきりとした声が聞こえた。 「おいで、道を教えてあげよう。」 ようやくぼんやり…

それ以来、父と私は毎朝父が仕事に行く前に一緒に祈った。夜には護国神社へ散歩しながら、父は侍の教えを繰り返し教えた。 「四つの大切な教えは何だ?」 私は立ち止まり、正確に早口で言った。 「はい、自大優先、より高い道徳的な志に自分を捧げること。 …

あらゆる努力にもかかわらず、私はまだ不適格だった。父は心を傷つけられたようだった。父は私を避けた。父の緊張した薄い唇とカラスの足先のような目で、父は家族や町の人々、広島、そして日本のことを心配していた。私にとって父は太陽のような存在で、私…

私は母の言うことをすべて覚えていた。母は、朝から晩まで子供の世話をしていたので、非常に教育熱心だった。母の厳しいしつけから逃れることはできなかった。月でさえ、母に夜には休むようにと頼んだほどだ。私は後になって、その厳しい母のしつけのおかげ…

私達家族は、広島の繁華街の中心から1km以内に住んでいた。繁華街の幹線道路である十日市通りは、宇品港に延びていた。宇品港は、日清戦争の時に最初に建てられた海軍基地だった。十日市通りを境にして、一方は住宅地がかなり広がり、もう一方は寺町の壁…

静かな夜は、突然切り裂かれた。一つ、それから何百もの空襲警報のサイレンが鳴り響き、セミの鳴き声をかき消した。あっという間に街は真っ暗になった。鉛筆が私の手から転がり落ち、心臓はドキドキした。不気味な冷や汗で私の首は濡れていた。サーチライト…

広島はこの数年間、侵略されるのではないかという恐怖の中で生きていた。大日本帝国軍の第二本部は、広島に兵隊を増やした。トラック、戦車、大砲のガラガラという音、そして兵隊たちが行進するドシンドシンという規則的な音が、私達の周りにあふれていた。…

私は胤森貴士(たねもりたかし)トーマスといいます。今はアメリカ市民です。1945年8月6日、7歳の時に広島で原爆に遭い、両親を含め6人の家族を亡くしました。その後、18歳の時に、復讐のためにアメリカに行きました。 戦争が終わってから50年以上…