ある日曜の朝の礼拝の前に、ストーン博士が私のことをヒロシマの生き残りだと大げさに紹介したことが評判となり、私は直ぐに知られるようになった。まるで、神からの恩恵を受けたトロフィーのようだった。彼によって、私の人生が花開き始めているかのようだった。多くの人たちは、私の日本語名を発音することが出来なかったので“T”と呼んだ。特別に注目されたため、多くの人から羨ましがられたが、それをえこひいきだと感じるものは誰もいなかった。いや、いくら不満があっても公には誰一人口にはできなかったのだ。生きるためにはそれは出来ないことだった。


ある火曜日の午後早く、秘書から電話があった。水曜の夜、不在のストーン博士に代わって、礼拝で説教をしてくれないかとの依頼だった。また、水曜のちょうど朝食を終える前にも、秘書から2度目の電話があり、
「Mr.T、ぜひお願いします。博士はあなたからの断りの返事を受け取りません。何処かの教会で話す予定が入っていても、少しでも来てもらうことは出来ませんか。彼はあなたが話すことを求めています。」
「マッキニーさん、もう一度彼に伝えてください。既に、120人ほどの大きなグループの伝道の会議で話すことを1ケ月前から約束しています。そのため今夜は早目に出発するつもりです。無責任にその約束を破ることはできません。私は博士なら分かってくれると思いますが・・・。」
「Mr.T、わずかな時間でも、何とかなりませんか? ストーン博士により近づくためには何でもするという何千もの牧師たちがいることをご存知ですか。言うまでもなく、それは彼の説教壇で、彼に代わって説教するよう依頼されるためです。」
彼の説教壇で話すということは、若い牧師にとって大きな誘惑であった。しかし私は、自分の心を尊重することが、彼の希望に沿うことよりもはるかに重要だと感じていた。そして、およそ60マイルの旅に出た。100人ほどが出席する伝道の会議を開催する小さな田舎の教会へと向けて車を運転した。雨が降り続いていた。


夏休みが終わってまもなく、ストーン博士が彼の素晴らしい説教壇を使って、日曜日ごとに大いなる説教をした。犠牲的な献金を得るために。不運なことに、彼の声はまるで双剣のように私の心を満たすような不思議な力を持っていた。私は多くの同僚や教会のメンバーが、彼の説法を聴いて完敗しているのを見て胸を傷めた。博士と彼の家族が牧師館に住んでからは、月々にいくらかのお金を与えられて、何不自由なく生活しているのは明らかだった。すべての光熱費、電話代。彼の車の車検代、ガソリン代は教会が負担していた。それに対して、私達は力を出すためのチキンスープを作るために、余分な水を加えることすら躊躇していた。何とか家族人数分のお皿は満たしていた。私は妻に今以上の犠牲を求めることはできなかった。子供は男2人だが、妻は早3人目を妊娠していた。2、3週間の間に新しい赤ん坊が生まれてくるのだ。日に日に大きくなっていくお腹は、より食費も必要となるのに、私達の収入は昨年と同じだった。


こんな時にストーン博士の力は魔法のように広がっていた。それはある水、木、金曜日の3日間、彼の教会で講演があり、3000〜3,200人ぐらいの牧師や教会関係の仕事をしている人達が東はニューヨーク、北はアラスカ、西はカリフォルニア、南はグアムやハワイから集まった。その中にはあのケン・ノートン牧師の姿もあった。


この講演は、死んでいるかのように見えた3,000余りの牧師たちを生き返らせたように見えたほど、大きなエネルギーに満ちていた。ストーン博士は神を表していると言っても間違いないように見られ、受け入れられていた。しかし、講演に次ぐ講演の最後の金曜日の説教の1つで、私の心は裏切られたと強く感じ、じっとしてはいられなかった。まさか・・・。私の心はズタズタに引きちぎられた。近い内に博士と向かい合う日がやってくるだろうと、私は覚悟を決めた。私はようやくマッキニーさんに納得してもらい、博士と会う約束をしてもらった。


彼のオフィスに入ると、私の目に飛び込んできたのは、彼が両足を机の上に乗せてのびのびと椅子に座ってコーヒーを飲んでいた姿だった。彼は私の表情をすぐに読み取り、改めて座り直すと、やってみるならやってみろと言わんばかりの顔つきだった。
「博士、あなたがあの最後の金曜日に説教したことは、神の真理とは言えませんでしたね。」
彼は説教の中で、昨年の私達の犠牲的な奉仕の事について触れた時、自分の大きな力があったからこそあんな夢のようなことができたのだと言っていた。自分の力は自分の望むままに5000人の教会のメンバーや教師たちも団結させて、自分の気持ちのままに従ってきたのだと。自分についてくればあなた方も自分のように教会のメンバーをつかむことができると。
「Mr.T、私は今雇っている牧師たちを保持していきたいのだ。私が彼らに十分な給料を支払わない理由は、彼らが神の篤信者として学ぶためだ。私は神から受け取ったリーダーという役目に従い、彼らに唯一のリーダーに従うということを学ばせるための方法としてそうしているのだ。私は神へと子羊たちを導くものとして、そして君達は神に従うことを学ぶ者として選ばれたのだ。」
「あー、そうですか。やっぱりそうでしたか。私のような者があなたの意志のままに従わず、犠牲的な1ヶ月のわずかな給料を捧げなかったことは、私達の信頼がない証拠だと。博士は私が誰であるかという真理をご存知ないようですね。本当にあなたは哀れな人ですね。」
目に見えない線が引かれているのを感じた。彼の哀れみ深い理解に訴えかける形で、呼ばれもしない彼の聖なる場所に踏み入った。彼は席を立ち、部屋へと行ってしまった。私は彼が戻るのを待った。長らく待っていたが、もうそれ以上待つことはできなかった。私は自分の心を再度肯定しながら、すぐにそこを去った。