1968年1月の冬休みから戻った時は、ミネソタで最も寒い冬となった。私達の居心地の良かった家はスズメバチの巣のようになった。私達はプライバシーとを失い、怒りっぽくなっていた。客人としての感覚が喪失したような韓国人学生達を見るのも嫌になっていた。


ヒューヒューと鳴く北風が私の薄いズボンを突き通すほどいつになく寒い夜だった。
「ハニー、ただいま。」私の妻が返事をする前に、
「ああ、胤森さん!」3人の韓国人学生が完璧に声を合わせて挨拶してきた。
「胤森さん。」他の二人よりもうまく英語が話せる学生は、全く恥ずかしがるそぶりも見せず、私に間を置くことも許さないで、
「説明をしてほしいんです。」と彼の手にある紙を指差した。
「ちょっと待ってくれ!」
私は静寂の中怒鳴った。ここは私の家で、私は仕事から戻ったばかり、そして私はあまり一緒にいたくないこの学生達に爆発しそうになっている。特にこんな遅い夜には。私はホットチョコレートを一口飲む権利もないのか。私はすぐにでも彼等に帰れと言いたかった。台所に荒々しく入っていくと、向こうでタイプを打っている妻が見えた。ホットチョコレートを作るために私が座る場所はなかった。


私はまっすぐトイレに入った。トイレに向かって何度も何度も叫び続け、その間水を流し続けた。3人の学生は私の領域に侵入してきたネズミのようだった。
「胤森さん!」また別の学生がリビングから叫んだ。
「場所をつくりましたよ。来てください。質問があるんです。いいですか?」
学生が全員帰る頃には、台所の時計の針は真夜中を指していた。ようやく私は一息つける場所を見つけた。私は自分の論文を2時間ほど書くために、夜食をオーブンにかけた。


私は冬の間、自分のことはさておき、強制的に韓国人学生を助ける義務と責任の為に使った。私の唯一の慰めは、彼らの学位論文が私達の報いとして最終的に通過することだった。


3月の日付が近づいてきた。もう1つの卒業証書を受け取る日あと2週間に近づいてきている。私の心に笑顔が見えてきた。
「ハニー!」妻が駆け寄ってきた。
「今ちょうど韓国人学生全員が卒業資格を受け取ったと聞いたわ。彼らは立派に卒業できるのよ。」
大きな安心のため息がでた。私は彼らが認められるために貢献してきた妻を本当に誇りに思った。