ある金曜日の午後3時、いつものように微笑みながらメアリーが言った。
「トミー、私はクリスマス休暇で家に帰るの。1週間で戻るわ。」
「メアリー、ボク、もう会えないの?」
「いいえ、大丈夫。月曜日には帰ってくるわ。」彼女は私の手を取って安心させようとした。
「トミー、泣かなくていいのよ。」
「うん、メアリー。わかったよ。」
アメリカでの最初のクリスマスは、私にとって何の意味も持たなかった。冬の太陽は思っていたより暖かかったが、メアリーの笑顔が見えないこの場所は、まるで冷蔵庫のようだった。


彼女が戻ってきた時、私はどんなにうれしかったことか。彼女は小さなクリスマスプレゼントを私に用意してくれていた。私は抑えの効かなくなったぜんまい仕掛けのおもちゃのように、言いたいことを次々と話しまくった。何を言っているのか自分でもよくわからないほど、おしゃべりになっていた。
「トミー、落ち着いて。一息入れた方がいいわ。」
「メアリー、ボク、グレゴリーさんと教会へ行ったよ。」
「あなた、教会へ行ったの? いいわ、トミー。あなたにとって、とてもいいことだわ。」
メアリーは大声を上げて私を抱きしめた。
「何ていう教会へ行ったの? 名前わかる?」
私はどこの教会へ行ったのか伝えることはできなかったが、指で右から左、上から下へと胸に十字を切って見せた。
「あら、いやだ。トミー、それは間違った教会だわ。」
彼女はびっくりした顔をして、急いでその場から立ち去った。


しばらくして、メアリーがカリフォルニア州モデストにあるファーストバプテスト教会に所属していることを知った。その教会はとても保守的で厳格な教会で、聖書の教えを忠実に守るバプテスト教会であり、私が訪れたのはカトリック教会だった。私はバプテストとカトリックの違いについて何も知らなかった。


ある晴れた午後、メアリーがとびきりの笑顔でやってきて、私の手を取ってドアのところへ連れて行った。そのドアは、外の世界へと通じるドアだった。彼女は私を引きずり出すような素振りを見せたが、私は雛のように恐怖のあまり震えていた。移民労働施設からこの病院に連れてこられて以来、私の羽はテスト飛行をしたことがなかった。高い崖の上にある巣から眺めてみると、人生が恐ろしく感じられた。眼下に見える尖った岩に足を叩きつけられる恐怖を感じた。私は怯えてドアの前で立ちすくんだ。あまりにも強い日差しが照りつけて、視界が真っ白になった。本能的に私は手で両目を覆った。
「嫌だ、こわいよ、メアリー。」
私は本当に震えていた。怖くて動けなかった。メアリーは私の手を引いて、初めの1歩を踏み出させた。それから2歩、3歩と外へ・・・。私は何の制限も受けずに空を見た。すると、私の中で一瞬混乱が起きた。私にはその1歩が、まるで幼児期に戻って四つん這いで歩いたように感じられたのだ。それから2、3歩進むと歩くことを思い出し、全速力で走ってみた。メアリーがこの広場で私の手を取った時、私は自分の中に新しい力を発見したようだった。それは、ギャロップ博士とその取り巻き連中が支配する“悪の帝国”に反抗する力だった。それからメアリーは私の手を離した。幼い子供のように、私は1人で1歩を踏み出した。突然、私は自分が花から花へと飛び回る蝶になったように感じた。その時私の心は、広島の子供時代へ飛んでいた。母から教わった歌が口をついて出てきた。


ちょうちょう、ちょうちょう、なのはにとまれ
なのはにあいたら、さくらにとまれ
さくらのはなの、はなからはなへ
とまれよあそべ、あそべよとまれ♪