今日が何の日で何が起こるのか、私には見当もつかなかった。午後2時頃、メアリーの下で働いていたグレゴリーさんが真剣な顔つきで私に近づいてきた。
「トミー、メアリーが君に掃除を手伝ってほしいと言っているのだが。」
「メアリー、ボクに掃除、手伝ってほしい?」
「そうだよ、トミー。メアリーは君に手伝ってほしいんだ。」
「はい、一緒に行きます。」
最初は気が進まなかったが、メアリーをがっかりさせたくなかった。グレゴリーさんは休憩室に入る際、私に目を閉じて彼の腕につかまるように言った。もちろん私には何も見えず、休憩室は真っ暗だった。すると突然、今までに聞いたこともないような歌が稲妻のように大きな音で聞こえてきた。
「ハッピーバースデー トウーユー、ハッピーバースデー トウーユー♪
ハッピーバースデー ディアトミー、ハッピーバースデー トウーユー♪」
私は目を開けるよう言われた。誰かがロウソクに火をつけ、炎が燃えた。私の目がようやく明るさに慣れてきた頃、このパーティーを開いてくれたに違いないメアリーの光り輝く笑顔が炎の向こうに見えた。しかし私には、誕生日パーティーが何なのかよくわからなかった。今まで1度も開いてもらったことがないし、日本では、ロウソクの火はいつも悲劇や死への追悼につながっていた。ロウソクは父の葬儀を思い起こさせ、私にとっては光ではなく絶望の象徴だった。燃えるロウソクの匂いは1945年8月5日、原爆前夜の防空壕での泣き叫ぶ子供たちの声を思い出させる不吉なものだった。ロウソクに火をともしながら歌い笑うアメリカ人たちは、私を錯乱させていた。全くのカルチャーショックで、私には理解できなかった。ロウソクが燃えていたのはロウソク立ての上でも提灯の中でもなく、何か奇妙なものの上に立っていた。私の中では長年、ロウソクの火は仏壇やお墓で見られるものであり、死者の霊を慰めるために川に流す提灯の中に入れられるものだった。


後で分かったことだが、“お誕生日おめでとう!あなたが大好きよ、トミー!”という言葉とともに私の目の前に置かれた奇妙なものは、バースデーケーキだった。彼らに手渡された白い封筒を見ると、神戸から離れる時に下田氏から渡された封筒を思い出した。私が開けられないでいると、看護婦の1人が封筒を掴み、素早く開けて私に渡した。私はそのカードを読むことができなかった。どんなことが書いてあるのかを考えると、私の心に恐怖がよぎった。早くロウソクを消すようにと大声でせきたてる看護婦の声も、私をますます混乱させた。皆がフグのような顔をして、私にロウソクを吹き消す動作をして見せた。皆、ジリジリしながら私を待っていた。メアリーが私の側にやってきて、優しく私の肩に手を置いた。私はびっくりして大声で叫び始めた。私は、ロウソクの火と歌が奇妙に入り混じったこの状況をどうりかいすればいいのかさっぱりわからなかった。しかも、息を吹きかけてロウソクの火を消せと言っている。ロウソクは手で扇いで消すのではなかったか。
「嫌だ、嫌だ!みんなキチガイだ!ロウソクは吹き消さない・・・」
私は日本語でそう言い放つと、部屋を飛び出した。そして自分の聖域へ戻り、ドアを閉めて泣いた。


私はドアの外で、メアリーがグレゴリーさんを抑え、しばらく私に泣く時間を与えてくれているのを感じた。しばらくして泣く元気もなくなると、私は床へ突っ伏した。メアリーが私の傍らに静かに立ち、その力強くて柔らかい手で私に触れる機会をうかがっていた。私が見上げると、彼女は手を伸ばして私を自分の方へ抱き寄せた。私の体は震えていた。彼女の体もまた岩に打ち寄せる津波のように揺れていた。それはすべて私にとって必要なことだった。それはまるで、目的地が見えない危険な冬の大草原を長い間旅する旅人に安心感を与え、コートを脱がせた太陽のようだった。私は“憎しみ”という服を身にまとっていた。しかし、メアリーの不規則な心臓の音を感じると、彼女の温かい心が私の心を溶かし始めた。彼女の愛の温かさが、一瞬にして私の憎しみのコートを脱がせたのだった。