メアリーとの出会いは衝撃的だった。彼女はたった1人で、何も持たずに私の部屋に入ってきたのだ。今まで誰も1人で部屋に入ってくることはなかったのに。彼女は全く何もわかっていないか、頭がおかしいに違いないと私は思った。近寄ってくる彼女は、私を怖がっている様子もなく、私を怯えさせる風でもなかった。私は心臓をわしづかみにされたようになり、呼吸ができなくなった。彼女が女性ということもあり、この突然の侵入者に私の心は怯えた。
「だめだ、出て行け!」
私は何度も日本語で彼女に向かって叫んだ。
「ノー、ノー、ノー!」
私はひたすら“ノー”と言って力強く手を振り、彼女を押しのけようとした。私は小さなネズミのように怯えていた。彼女が餌に飛びかかろうとしている野良猫のように、私を痛めつけようとしているに違いないと思っていた。


メアリーの行為は明らかに規則に反していた。博士は、安全上の理由から、決して医師や看護婦が私の部屋に1人で立ち入ってはいけないという命令を下していたからだ。私はメアリーが私に話しかけたかどうか、そうだとしたらどんなことを話したのか覚えていなかった。どのくらいそこにいたのかさえ思い出せなかった。ただ1つ心に残っていたのは、彼女の優しい微笑と、人を傷つけることなどできないであろう、その大きな青い瞳だった。彼女が部屋を去った後、私はもう1度彼女に会いたいという自分の気持ちに気づいた。


メアリーの最初の訪問は、ほんの序章のようだった。それから彼女は頻繁にやってきて、長い時間いるようになった。それでも、私達の間には依然として距離が感じられた。彼女はいつもドアを全開にしていた。それが、私が危険な行動を取った時に彼女が逃げられるようにするためなのか、それとも私を逃がしてくれるためなのかはわからなかった。


それから緩やかに日々が過ぎ、メアリーはあまり喋らなくても長く部屋にいるようになった。何故だか分からないが、私が抱いていた警戒心が段々弱まってきたような気がしていた。ある日、彼女は奇妙な行動を取った。部屋に入ってきて内側から鍵をかけるという挑戦的な行動を取ったのだ。彼女は部屋の鍵を白衣のポケットにしまい込んだ。この瞬間、彼女はなんという賭けをしたのだろうか。私の心臓は太鼓のように高鳴った。メアリーは私が座っているベッドの端に静かに座った。次の瞬間、彼女は私の手を取ろうとした。私は素早く離れた。すると彼女は私の方に近づいてきた。そしてまた私の手を取ろうとした。私はどう判断すればいいのかわからなかった。彼女は何をしようとしているのか、なぜこんなことをしたのか。彼女にどんなメリットがあるのだろうか。もしかすると、精神科医が本当に必要なのは彼女自身ではないのか。彼女は大胆にも私をからかっているのだろうか。女性なのに私の部屋に1人でやってきて、部屋に鍵までかけて・・・。


1週間ほどそんな日が続き、私達はまるでゲームをしているようだった。そしてある日、メアリーは勝利した。ついに私の手を両手で包み込んだのだ。その瞬間、彼女の暖かさが私の手を通り、腕を通って体全体を包み、心臓まで行き着いたのを感じた。それは私が忘れかけていた母の愛のような暖かいものだった。彼女の手は彼女の涙で濡れていた。


メアリーが部屋から出て行った後、私は深い悪夢から覚めたような気がした。この経験は、私が今までに体験したこととは正反対だった。どうしてこんなことが起こったのだろう。私は完全に混乱し、小さな心臓はドキドキし始めていた。私はいつも自分を守るために、あえて孤独な状況に身を置き、近づいてこようとする人に抵抗しなければならなかった。しかし、今まで“敵”だと思ってきたメアリーとの新しい体験が、私の感情を揺さぶった。どんなにメアリーの暖かな鼓動を拒否しても、それはあまりにも素晴らしい出来事だった。父の墓に頭を下げる日まで、これまで休むことなく復讐の炎を燃やし続けることで生き延びてきた。しかし、このメアリーの予期せぬ行動によって、私の魂の闇の部分に光が差し込んだ。それは、針の穴から私の心の隙間を通ってきたかのようだった。