何日か経った後、私は一旗あげようとブラジルかアルゼンチンにでも渡ろうかと考え、広島の役所に向かった。私の望みを聞くと、親切そうな年老いた役人は、私にアメリカに行くよう勧めた。私は耳を疑った。
「なんてばかげたことを言うんですか。アメリカは両親を殺したんだ。アメリカ人なんてクソ食らえだ!」
そう言い終るや否や、私は市役所から飛び出した。


数日後、姉の家に役所からの手紙が届いた。私は心臓が止まりかけた。神戸からだったらどうしよう。私は慌ててその手紙を小さくポケットにしまいこんだ。それは、広島市役所からのもので、アメリカについてもっと詳しいことが書かれていた。あまりに腹が立ち、すぐさま広島行きの汽車に乗り込んだ。
「これはどういう意味ですか?」
私は手紙を役人の顔の前に振りかざした。どうして彼がこんなばかげたことにこだわるのか知りたかった。私の行き過ぎた振る舞いも気に留めず、彼は秘書にお茶を持ってくるよう頼んだ。彼は誠実な笑顔で、私に座るようにと勧めた。お茶が運ばれてくる頃には、私は彼と秘書に向かって丁寧な挨拶ができるほどに落ち着きを取り戻していた。


彼のお茶は、口のついていないまま机の上に置かれていた。そして窓の方に向かって歩き出し、静かに外を眺めていた。彼の行動は私を混乱させた。そして私の方を向くと、やわらかだが何か迫力を持った様子でこう言った。
「胤森君、私が君に言わなければならないことに、どうか耳を貸してくれたまえ。」
彼はいったい何を言おうとしているのか。彼は戸棚の引き出しからファイルを取り出すと、また私の方に向き直った。その時、私は彼の目に涙が溜まっているのを見て、呆然とした。


彼は手の甲で涙を拭い去りながら笑おうと努め、机の後ろのいすに座った。熱いうちにお茶を飲まなければといいながら、お茶をすすった後、彼は続けた。
「胤森君、君をアメリカに送り届けてあげられる可能性があるんだ。必要な書類はすべてここにそろっている。アメリカ政府は、被爆者のために新しい場所を提供するプログラムを設けているんだ。アメリカはキリスト教の国であり、そこの人々は広島の被爆者たちを両手を広げて迎え入れてくれるだろうと、私は判断している。」
アメリカ人がキリシタンだかクリスチャンだか知りませんが、それがどうしたって言うんですか。もし彼らがそれほどまでに熱心にキリスト教を信じているのならば、どうして私の両親を殺し、こんなにも私たちに苦しみをもたらしたのですか。父を返してくれと彼らに伝えてください。」
私はなぜ彼がこんなことを言うのかわからなかったが、それでも彼は屈せずに続けた。
アメリカは非常に豊かな国なんだ。道は金で舗装され、あちこちに金のなる木があるという。」
私は彼の目を見ようとした。そして叫ぶような声で言った。
アメリカがキリスト教の国であるなら、なぜ広島だけでは物足りなかったんだ。なぜ長崎にまで原爆を落としたんだ。私はあなたのでまかせに乗るつもりはない。」
「胤森君、君に聞いてほしいことがあるんだ。」
彼はもはや隠すこともなく泣いていた。鼻をかみながら落ち着きを取りもどそうとしていた。その時、黒松の木のことを教えてくれた村田先生のことが脳裏に浮かんだ。彼はしばらくの間沈黙し、静かな時が流れた。そしてついに彼は口を開いた。
「私の息子は原爆で死んだんだよ。もし生きていたら、君と同じくらいの年だ。君を見ていると息子を思い出すよ。娘も亡くなった。私の言うことをどうか聞いてほしい。私は君を助けようとしているんだよ。」
彼は心からそう言っているように思えた。しかしどうして彼は、彼の子供たちを殺した悪魔たちと一緒に生活しろなどと言うことができるのだろうか。涙の溜まっている彼の茶色い目も芝居の一部なのだろうか。私はその場にいることが耐えられなくなり、突然立ち上がると、彼の顔を見据えて叫んだ。
「あなたのおっしゃることに関わってはいられません。私はもう二度と自分を売る気はないんだ!」
私はこみ上げてくる怒りをどうにかこらえて外に走り出た。