汽車が紅葉村に着いた後も、夜の闇が辺りをすっかり覆うまで、私は目立たないように身を潜めていた。父の墓を訪れる前に誰かに顔を合わせることは、私には耐えがたいことだった。そして夜も深まる頃、私は父の墓前にひざまずき、父に自分の胸のうちを静かにさらけ出した。私は父の声を待った。しかし何も起こらなかった。私はたまらなくなって墓石に抱きついた。その尖った角は冷たく、人間の温かみはなかった。ここに父の魂はないように思えた。


星の少ない夜空に三日月が出ていた。私は寂しさと絶望感に包まれた。もう一度父の声を聞こうと待ち続けたが、自分の鼓動の他には何も聞こえなかった。私は岐路に立っていた。このまま日本にとどまるのか、それとも未知の世界へと劇的な一歩を踏み出すのか。いずれにしても、私は父を死に追いやったアメリカに復讐する手段を見つけるだろう。たとえどんなに時間がかかっても、アメリカ人に私が味わった苦しみを味わわせてやらなければならない。私は一晩中、荒れ狂う感情の嵐に呑み込まれていた。


翌朝、背中に朝日の暖かさを感じると、ようやく私の心に平安が訪れた。ついに、父の魂が私を包み込んでくれていることを感じることが出来た。父は私を許してくれたのだ。私が抱いていた恐れは新しい太陽の光の中で溶けていき、佐津子に会う心構えができた。村の大通りで、仕事に向かう姉に出くわした。
「貴士じゃないの!?」
姉は息を呑み、慌てふためいた。そして私の汚れた服と古ぼけた鞄を見るなり、急いで私を近くのわき道に連れ込んだ。
「誰かに見られていないでしょうね。いったいどうして? ここで何してるのよ! 成功を収めるまで戻ってくるなと言ったでしょう! みんなにどう説明したらいいと思ってるのよ!」
姉は怒りに震え始めていた。そして私の返事を待つ間もなく、誰にも見られないうちにすぐさま紅葉村を離れるよう言い放った。私に向きを変えさせ、駅に向かって無理矢理引きずり始めた。ちょうどその時、懐かしい声がした。
「ちょっと、あんた、貴ちゃんじゃないの!?」
その声は、私の大好きな本田のおばあちゃんだった。その声はまるで神様のような慈悲深い声だった。私はおばあちゃんに深くお辞儀をした。
「よかった、あんたに会えて。さっちゃん、貴ちゃんに会えて本当にうれしいわ。お昼に貴ちゃんにうちに来てもらってもいいかい。ずっと見せたかったものがあるんだよ。」
おばあちゃんは目を輝かせながら、こう付け加えた。
「休みに帰ってこられて、本当によかった!」
そう言いながら、親しげに手を振り、また大通りを下っていった。


佐津子は怒った猫のように息を荒くしていた。もはや冷たい姉と思われることなく、私を追い払うことはできなくなった。怒りで歪んだ姉の顔を見るうちに、なぜか急に滑稽に思われ噴出してしまった。笑いを取り戻すにはちょうどよかった。姉は渋々1月6日までいてもよいと認めてくれた。その日が過ぎたら、一刻も早く消えうせなければならないと。