しばらくすると、大理石の飢えを歩くような足音が聞こえた。その音は段々と近づいて止まった。私は何度も叩かれている大きな寺の鐘の中にいるような感じがした。その痛みは激しくなった。一回一回の音が、私の頭をハンマーで打ち砕いているかのようだった。私は激痛の中にいた。お腹は突然溶岩のように熱くなり始めた。舌は腫れ上がり、気道をふさいでいたため、息をするのに喘いでいた。誰かが私を突き上げていた。私の隣に白い姿の人がいることに気づき、私は頼んだ。
「お願いです。お父さんがどこにいるのか教えてください。」
「胤森さん、気づいたのね。間に合ったんだわ!」
目をこすってみると、医者と看護婦が自分の周りに立っているのが見えた。私は訳がわからず口ごもった。医者の声が聞こえた。
「もう手遅れかと思ったよ。神様が君を救ったんだ。」
下の方を見ると、私は病院服を着て病院のベッドに横たわっていることがわかった。その時、向こう岸に渡れなかったことを悟った。
「いやだー! 僕の白い着物はどこ? かみそりは? 鏡は? お金は? 返してください。父が待っているのです! どうしてそのまま死なせてくれなかったのですか。」
私はすすり泣きながら顔を手の中に沈めた。どうして父は私を受け入れてくれなかったのだろうか。その後、私は二度と自殺を試みることができなくなっていた。果てしなく続く絶望の縁から脱出する術は何も残されていなかった。


翌朝医者が問診にやってきて、どんな形であれ、人生の次なるステップを踏み出すよう私を励まそうとした。
「君は強くて立派な男児なんだ。その勇敢なところを別のところに生かしたまえ。」
そう言うと、私の腕をたたいて部屋から出て行った。


しばらくして、下田さんが部屋に入ってきて、ためらいながら私のベッドの方に近づいてきた。私は背中を向けた。不気味な沈黙が部屋中に広がった。傷ついた彼は背中を伸ばして深くため息をついた。
「胤森、君は会社の名を汚した。君は私を辱めた。出来る限り早く神戸を去ってもらいたい。明日の朝君が退院したら、君の荷物を持って電車に乗せる。君が我々のために働いていたということを誰も知ってはならない。」
そう言うと、彼は私に封筒を手渡した。私は押し戻そうとしたが、彼は譲らなかった。
「いや、胤森、君はこれを受け取らねばならない。中には君が神戸から去るための汽車の切符と少しの旅費が入っている。分かってくれ、これが唯一の道だ。」


翌朝、下田さんとその手伝いの人が私の荷物を持って病院まで迎えに来た。私は奥さんにさようならを言わせてほしいと願い出た。しかしその願いは叶えられるはずもなかった。紅葉村に向かう汽車に乗るまで、別れを惜しむことは一切許されなかった。私はもはや振り返らなかった。汽車に乗っている間、私は奥さんと赤ん坊にさようならを言えなかった後悔に苛まれた。私は、他の乗客にあからさまにわかるほど恥ずかしげもなく泣いた。大粒の涙が頬をつたった。仲村先生と奥さんの顔が、風の中で揺らめくろうそくの炎のように代わる代わるちらついた。他人が自分のことをどう思おうが、私にとってはもはやどうでもいいことだった。生きることにも脱落し、さらに今度は死ぬことにも失敗したのだ。私はいつでもはみ出し者で、広島の影から抜け出すことはできなかった。