奥さんのお腹はしだいに大きくなっていった。上司が午後から外出したある日、奥さんは突然お腹をぎゅっと掴んでうめき声をあげた。
「赤ちゃんが・・・!」
彼女は叫んだ。すぐに彼女の側に駆け寄ると、彼女はその激しい収縮を感じることができるようにと、私の手を彼女のお腹に持っていった。隣の下田夫人を呼んでこようと振り返った時、ちょうど主人が店に入ってきたところだった。彼は酒を飲んでおり、私をにらみつけると大声で叫びながら彼女へ暴力を振るい始めた。幸いにもこれは酔っ払った衝動のようだった。正気に戻った彼は、助産婦を呼んでくるようにと私に命令した。1時間後、元気な赤ん坊の泣き声を聞いて、私はほっとした。しかし、その赤ん坊は渡瀬家にとっては喜べないことだった。2週間早く生まれた子供は女の子だったのだ。しかも奥さんにそっくりだった。


主人は私が近くにいる時はいつも奥さんを乱暴に扱い、冷ややかな疑いの目で私をずっと見ていた。ある朝、奥さんがおむつを換えている時、彼女のひび割れた手から血が出ていることに気づいた。私は彼女の苦しみを見ていることに我慢ができず、勇気を振り絞って主人のところに行き、赤ん坊の世話を手伝わせてくれるようお願いした。主人はヒステリックに甲高い声で笑い出した。そこに従業員の近藤さんがすばやく間に入ってきた。
「胤森が赤ん坊の世話を、立場をわきまえながらできるかどうか確かめてみたらどうですか。もし彼が奥様に目配せでもしようものなら、すぐに旦那様に報告しますから。」
彼は主人に私を厳密に監督することを約束した。そしてさらに陰謀的な言葉を付け加えた。
「胤森が愚かなことをするのは時間も問題です。そうすれば旦那様は彼の化けの皮を剥がすことができますよ。」
「そうか、わかった。もっとも、私は胤森が愚かであるとはこれっぽっちも思っていないがね。」
近藤さんの計画の残忍さに満足しながら、主人は気取ってそう言った。一方近藤さんは、鷹のような鋭い目で私を見ていた。


私は公然と奥さんの手伝いが出来ることを喜んでいた。私は赤ん坊を抱き、おむつを換え、服を洗った。この程度の手伝いでは私の愛を示すには余りにも取るに足らなかったが、私はできる限り彼女を助けた。