その夜の会議で、私は渡瀬さんの質店で使い走りの丁稚坊主をすることになった。彼は私が親なし子であることをはっきりと言葉にした。その背後にある理由は何なのだろう。彼はどれくらいきつい仕事を私に与えるかについて、満足げに眺めては喜んでいるように見えた。私は深くお辞儀をし、言葉を控えた。


宴会の後、渡瀬夫人は狭い廊下を下って私の部屋へと案内してくれた。その狭苦しい廊下で私はつまずき、彼女に偶然寄りかかってしまった。彼女の柔らかい女らしさにすぐに気づいた。そして子供を宿していることもわかった。にもかかわらず、私は仲村先生を熱望する時のような激しいものを感じた。夫人ははにかんで、夫のために働くことになった私を何とか立派な社会人になるまで見守ると約束してくれた。
「夫は気難しい人です。柔軟に振る舞うことを学んで下さいね。」
彼女はそう警告してくれた。私は夫人に「奥さん」と呼んでもいいか謙虚に尋ねた。彼女は赤面しながら私に微笑みかけた。


私の1日は長く、単調な骨折り仕事の繰り返しだった。毎朝5時起床、7時までに店の掃除をし、少しの朝食を食べ、その後夜10時まで働いた。もし主人の頻繁な嫌がらせがなかったら、それほど悪くはなかっただろう。彼は絶えず私を批判し、5歳の娘に私を見張らせ、すべての過失を報告させた。主人は、激しく不安定な気質の持ち主だった。大笑いしていたかと思うと、突然激怒して爆発することもあった。私は定規1本、鋏1つ、お茶1杯でさえ、大急ぎで持っていかなくてはならなかった。


悲しいことに、彼はお腹の大きくなった奥さんを未だに奴隷のように働かせていた。過労でしかめ面をしながら床を磨いている奥さんは苦しそうだった。私はもうこれ以上見過ごすことができなかった。ある朝私は、もしできるなら奥さんの手伝いができないだろうかと、注意深く主人に尋ねた。
「世の中にはとんだ馬鹿がいるもんだな。あの女は私のものだ。」
彼のヒステリーが始まった。
「お前は、私の妻に話しかけたことがあるのか?」
私は深くお辞儀をしながら言った。
「いいえ、旦那様。これは私の考えです。私は旦那様の奥様に話しかけてはいません。ただ、奥様が苦しそうにしているのを見るのが耐えられないのでお願いしているのです。どうか認めて頂けませんか?」
彼は私の話を中断させると、大声で叫んだ。
「馬鹿者! お前たち2人は、私の陰に隠れて何をしようとしているんだ!」


ちょうどその時、奥さんが美しく用意された朝食を盆にのせて現れた。
「何だ! そんなもの食べられると思ってるのか!」
彼は大声で叫んだかと思うと、盆ごと掴み取り、障子に向かって思いっきり投げつけた。そこら中に食べ物が飛び散り、皿は粉々に砕けた。それから彼は奥さんを強く突き飛ばした。私が割り込む間もなかった。彼は奥さんの顔を激しく叩き、髪をつかんで屈服させた。
「旦那様、あなたは何をしているのですか。ご自分の妻を傷つけるなんて!」


彼は奥さんを振り捨てて、通りに出ていってしまった。私は奥さんの心が砕け散ってしまったのではないかと感じていた。彼女はお腹を抱えてしゃがみこんだ。私には彼女を慰める言葉がなかった。奥さんを助けようと思ってしたことは、結局彼女により大きな苦痛をもたらしただけだった。畳の上に散らかった食べ物を片付けていると、私の頬に涙が溢れ出てきた。


先輩の近藤さんにその出来事を聞いてもらい、どうしたらいいか尋ねた。彼はこう警告した。
「胤森、馬鹿をするな。彼女にかまうな。彼女のことはお前の仕事ではない。それにお前自身の成功の機会を危険にさらしているんだぞ。」
おそらく彼は正しかった。私は生活の保障のために、このまま使い走りの坊主を続けるしかないのだろうか?