佐津子と私はもはや執念深い敵同士になっていた。私たちはお互いが苦悩の種だと感じていた。そんな中、佐津子は黒木という若者を家に連れてきた。彼女の狼狽した紹介の仕方で、私は姉にとってこの若者が彼女を守ってくれる鎧であり、輝く騎士であるとわかった。しかし私は彼を見た時、何かとても違和感を感じた。彼はまぎれもなくハンサムで見かけはとても魅力的だったが、私は彼を信用しなかった。私が彼の目を見た時、彼は私の視線をそらしたのだ。私はすぐに、彼が狐のように策略好きで巧妙な手を使う、あてにできない“お稲荷さん”だとわかった。私は長男の義務として、姉とこのお稲荷さんを結婚させるわけにはいかないと思い、彼を侮辱するようなことをわざと言った。佐津子は、私が幸せのための唯一の機会を台無しにしようとしていることに激怒していた。


ある朝、私が雑用を終えて帰宅した時、抱き合ったまま動かない佐津子と黒木を見つけた。もうたくさんだった。私は立ち止まったまま、彼らを非難の目でにらみつけ、黒木に文句を言った。
「姉を一人にして、さっさと帰れ。僕がここにいる限り、あなたが胤森家の一員となることは認めない!」
「貴士!」
慌てて跳び上がり、佐津子が叫んだ。
「あなたは本当に無作法で思いやりがない。私の人生を惨めにして・・・。あなたに合わせるために黒木さんがどれほど耐えているのか分かっているの? 彼はあなたから冷たく侮辱されているのよ。お父さんの願いで今まであなたを世話してきたけど、広島で死んでくれていたらよかったんだわ。」
私は彼女の後ろで脅えて隠れながら立ち上がった黒木を観察していた。彼の震える唇から出てきた言葉は、到底信じることが出来なかった。まるで死にそうな蚊のような声だった。
「貴士君、佐津子さんが公の屈辱に耐えなければならないのは、すべてあなたのせいです。彼女はあなたの振る舞いに、恥ずかしさで来る日も来る日も泣いていました。たとえあなたが若くして死んだとしても、彼女にしたことは許されないでしょう。」
私は大声で怒鳴った。
「あなたは、同じ部屋の同じ空気を吸う人間として、胤森の名を名乗るのにふさわしくない。蛇でさえ、恥ずかしくて穴に隠れる感覚を持っている。あなたはヌルヌルのナメクジのようだ。さっさと僕の前から立ち去れ。」
姉の感情が爆発した。
「貴士、たとえお前を煮ても焼いたとしても、私は気がすまない。素手でお前を殺すのだって何の自責の念も感じない。私がこの村に恩恵をもたらそうか。村長は私に感謝するだろうよ。」
私は姉の者が置いてある部屋の隅に行き、女らしさの貴重な象徴である化粧箱をひったくった。
「貴ちゃん、それだけは許して。この通り!」
彼女がいつも村の人たちにご機嫌取りをする時の仮面の顔で、彼女はそれらを下に置くように私に頼んだ。しかし私はすべてを壊したくなった。彼女のキャーという金切り声をよそに、私は障子に穴を開けながら部屋の至る所に箱の中身を乱暴に投げつけた。それから口紅を取り、壁に塗りつけた。姉は狂わんばかりに畳にへたり込んだ。


黒木は、私を止めることも彼女を助けることもしなかった。正直なところ、私は彼がどのように姉を守ってくれるのかを見たかったのだ。彼が中身のある人間であることを証明してほしかったのだ。私は彼に殴られることも覚悟し、それを望んでいたのだ。しかし彼は、私たちの争いの中から扉を静かに開けてすっと出て行った。姉は同級生がみな既に結婚していたので、幸せの機会を奪った私を許すことができなかった。彼女の怒りは限界を知らなかった。その後、私たちはお互いに避け、決して口をきかなかった。姉は私の敵を集めていた。私は孤立し、ますます暗闇の世界に追い込まれた。