6年生の時、橋本先生が、私が新聞配達の仕事ができるように取り計らってくれた。私は村ではとても怪しい存在とみなされていたが、先生が私を心底信頼してくれたおかげで、最終的に経営者は嫌々ながらも、私に見習い期間を与えることに賛成した。毎朝新聞を配るだけでなく、月初めに購読者から集金して回ることも私の仕事だった。村人たちは、私がお金を盗んで結局は終わりになるだろうと確信していた。


ある雪の日の朝5時、私は光川のおばあちゃんがくれた大きめの古着のオーバーに身を包んだ。暗い中、雪の積もった道を配達用の新聞を取りに苦労して歩いている時、突然、路上にあった何かにつまずいた。私は雪の吹き溜まりへと真っ逆さまにひっくり返った。悪態をつきながらゴミや雪を払い落とし、何につまずいたのか、辺りを手探りで調べてみた。すると私の手は、中くらいの大きさの布で包まれた包みを探り当てた。私はその包みを近くのお店の出入り口に持っていき、辺りを見回して1人であることを確認してから、玄関灯の下でそれを開けてみた。


私は自分の目が信じられなかった。何とお金が入っていたのだ。しかもたくさんのお金! 私は急いで袋を閉めて、誰もいないことを確認した。すばやくオーバーの中にそれを押し込み、新聞を取りに店へと急いだ。そしてトイレに駆け込み、後ろ手でドアに鍵をかけた。私は震える手で、もう一度その包みを開けてみた。それは幻覚ではなく、生まれてからこれまでに私が見てきたよりもたくさんのお金が入っていたのだ。しかも銀行の通帳と銀行印も一緒に! 私は突然、村で一番の裕福な少年になったのだ!


注意深くシャツの下に包みを隠してトイレから出ると、私はこれから配る新聞を取った。私は配達をしながら、そのお金で買えるものをあれこれ夢見ていた。まず最初は何といってもゴム長靴だ。今履いているのと違って、水が浸み込まず足を暖かく守ってくれるゴム長。それから黒いコートと、光るボタンのついた真新しい制服。そうすればもう他の子供達にボロボロの服をからかわれなくて済む。そしてもちろん、ずっと欲しかったおいしい食べ物を全部買うだろう。おいしそうな食べ物を想像してよだれが出そうになった時、私の心の奥底から小さな声が話しかけてきた。
「しかし貴士、それはダメだ! 誰かが見ているとかいないとかは関係ない。それはお前のお金ではないし、お前が持っておくべきものでもない。警察に届けないといけないよ。」
「何だって? 自分があまりにも苦しんできたから、神様が僕に与えてくださったんだ。僕はそれに値するんだ!」
「それは違うよ、貴士。お父さんがお前に教えたことを思い出してごらん。お前の最も素晴らしい勝利は、自分の誘惑に打ち勝つことだよ。自分の弱さに負けてはいけないよ。」
その小さな声は続けて言った。
「ああ、何てことだ! これはお前が他の子供達と同じように、普通の生活を送ることができるチャンスなんだ。あの噂話ばかりしている連中を見てみろ。まるで自分達が天下だといったように暮らしているじゃないか? 何か大きなことをするんだ! これはお前のチャンスなんだ。逃すんじゃない!」
罪の意識と戦いながら、私は突然いい考えを思いついた。
「そうだ、このお金を佐津子姉さんにあげよう。」


私はその結論に満足して、配達を続けた。交番の前を通った時、入口のドアが少し開いているのに気づいた。1人の女性が中で泣いていた。私は静かに新聞を置き、急いで立ち去った。私には関係のないことだと言い聞かせて・・・。しかし配達が終わると、私の足は無意識に交番へと向かっていた。ドアの外に立った時、小さな女の子の話し声が聞こえた。
「でもお母ちゃん、これからどうやって食べていくの?」
私は彼女と同じ恐怖を味わった。(そうだ、僕だって食べていかないといけないんだ!)私は戻りながら、論理的に考えた。自分の感情を正当化するのに心を奪われている間に、父の声が私の魂の一番奥の部屋から話しかけてきた。
「自分自身に忠実でありなさい。貴士、強くなるんだ! 自分自身に打ち勝つことが最も素晴らしい勝利なのだよ。」
私には自分がそうするであろうことが分かっていた。私は背筋を真っ直ぐにし、交番の中に進んでいった。そして感謝に満ちた女性とその娘に包みを渡したのだ。おまわりさんは私の頭を優しく撫で、暖かく微笑んだ。そしてお礼に500円渡してくれた。交番を出ると、太陽は雪雲を突き抜け、最高点に達していた。お腹をすかせた12歳の少年は、大人の男になったのだ。父も私を認めてくれたと感じることができた。私は胤森家の長男であることを誇りに思った。


500円・・・結局私は姉には渡さず、大事に大事に取っておいた。敗戦畑を耕してサツマイモを作ろうとしていたある日の午後、線路脇に落ちていたオレンジ色の箱の森永キャラメルを見つけて、私は狂喜した。箱を開けると、キャラメルにはアリが群がっていた。払いのけてもなかなか落ちない大量のアリに段々我慢できなくなり、私はすぐにアリごとそのキャラメルを口に放り込んだ。そしてすべてのアリを吸って落とし、それから吐き出した。そして幸せいっぱいにそのキャラメルの甘さを味わった。原爆以来、私にとっては初めてのキャラメルの味だった。そして私はこの500円を、アリのついていないキャラメルのために使ったのだった。