駅で火葬された悪臭が、納屋の中に入り込んだ。死の天使は忙しくしていた。納屋の隙間から入ってくる太陽の光が十分に高い位置に来るまで、私は眠り続けていた。私はマスヨ姉さんを見た。彼女の妙にやつれた顔の中で大きく見開いた目が、死人のように一点を見つめていた。
「マスヨ姉さん、大丈夫?」
「貴ちゃん、私を許して。姉さんは疲れ果てたわ。体中の骨が痛むの。」
「おとーさーん、おとーさーん。姉さん、お父さんはどこに行ったの?」
「心配しないで、貴ちゃん。お父さんは、お母さんと小夜子を探しに広島へ行ったのよ。」


父は行ってしまった。再び地獄の中心に・・・。父は生きて戻れるのだろうか。もし行けたとしても、どうやって母と小夜子を探すというのだろう。父の危険な賭けは、父なしで生きていかなければならないかもしれないことを意味していた。しかし私は、父が家族を守り生きていける方法を知っていると思った。父はいつも正しい決断をしてくれる。父が母を見つけて紅葉村に戻ってくれば、おそらくトメはもっと歓迎してくれるかもしれない。


マスヨはさらに、胤森の祖父と祖母が彼らの故郷の村に旅立ったと言った。彼らはここでは歓迎されていないことを知っており、自分達がここにいると、食糧不足で孫たちを危険にさらしてしまうと思っていた。彼らは子供達を救うため、自身を犠牲にして朝早く旅立った。そして祖父母に再び会うことはなかった。彼らが故郷の村に着いたかどうか、知る者は誰もいなかった。その後、誰一人そのことに触れることはなかった。


翌日、二郎の娘が無事に帰ってきた。
「おーい、ばあさん。みんな無事だぞ。誰も傷一つ負わず、元気に帰ってきたぞ。めでたい、めでたいのう。」
彼はトメに向かって大声で言うと、両手を広げて彼らを迎えた。彼らは家の主要な寝室を与えられ、望んだものはすべて食べることができた。母の弟のテツ叔父さんが現れた時には、トメは祝いの席を用意した。


一方、私達の暗い納屋では、マスヨと貞義と私が一箇所に集まり、その陽気な笑い声を聞いていた。私達は彼らが食べていたご馳走を夢見た。私はトメを軽蔑し、私の体の中から祖母トメの血をすべて流し出し、純粋な胤森の血を再び満たす魔法の力があればいいのにと思った。私はその夜、トメの悪口を言い続けた。


翌日、聞きなれた親しい声が聞こえた。
「ただいま帰ってきました!」
私の姉の佐津子と千早子が納屋の戸口に立っていた。私達は泣きながら強く抱きしめあった。
「姉ちゃーん!」
貞義は彼女らの腕の中で、原爆後初めて笑顔を振りまいた。かつて私を苦しめた2人の姉達は私の方を向いて、優しく私の傷に手を差し伸べた。ずっと前に彼女らにからかわれて悩んでいたのが、今となってはとても馬鹿馬鹿しいことに思えた。


佐津子は14歳だった。小柄ではあったが、母の芳子のように虎のような精神力で意志が固く、その上親切だった。2歳年下の千早子は、それほど確かではないにせよ、慈悲深く思いやりがあった。私の魂は喜びで舞い上がった。その時、マスヨがふらついた。
「貴ちゃん、体に力が入らないの。少し横になるわね。佐津子と千早子によくしてあげてね。」
佐津子はマスヨの頭の下に枕を忍ばせた。苦しそうに顔を歪め、乱れた髪の衰弱したマスヨを見て、佐津子は心が揺さぶられたようだった。玉のような汗がマスヨの上唇に並んでいた。


その夜、私は睡魔と闘いながら父が戻ってくるのを待っていた。火葬用の薪からの煙が、三日月を横切って漂っていた。私は父の安全と無事を祈った。しかし私のわずかな力は続かず、駅に入ってきた最終の汽車のホイッスルとともに、眠りに落ちていった。


翌朝、突然納屋の扉が開き、ぴしゃっと閉まった。トメが意気込んで入ってきて、佐津子と千早子の前に立ちはだかった。
「お前達だったのかい。最初にお前達の父親は3人連れてきた。そしてさらに2人も? ここには他の家族もいるんだよ。」
彼女は指を左右に振りながら言った。
「誰もこの戦争がいつ終わるかわからない。お前達のために一番いいのは、高田村に戻ることだ。お前達と一緒に他の兄弟姉妹たちも連れて行きなさい。お前達のための食料や部屋はないんだよ。お前達の図々しさには驚いたねー。」
佐津子は何とかならないかと必死に頭を下げた。マスヨは枕からかろうじて頭を上げられるものの、顔面蒼白で横たわり、うわごとを言っていた。
「私が状況を説明する手紙を書いてやるよ。そうすればお前達を連れ戻すだろうから。」
「おばあちゃん!」佐津子が言った。
「父が戻るまで私達5人、ここで一緒に待っています。多分、父は母と小夜子を連れて今夜戻ってくるでしょう。どうか私達に腹を立てないで下さい。」
トメは顔を背け、後ろ手で扉をぴしゃりと閉めた。その勢いは、納屋の薄い壁が何時間も揺れ動くほどだった。


私達の父は本当に強い人だ。何と誇ったらいいのだろう。父の芯の強さは、叩かれて叩かれた強くなる日本刀のようだ。しかし、私の小さな心は怒りと混乱でいっぱいだった。なぜ私達は受け入れられなかったのだろう。私はトメを嫌い始めていた。