汽車はしゅっしゅっぽっぽと音を立てて地獄から抜け出し、なだらかな丘や青々と茂る緑の谷間を通り過ぎていった。竹林に入ると、竹が汽車のスピードに合わせて揺れ動き、まるで「ようこそ」と私達を歓迎してくれているかのようだった。しばらくすると汽笛が鳴り、線路の滑り止めの金具がカチッという音をたてた。私達が耳をすましていると、汽車はトンネルの中へ入り、辺りは真っ暗になった。今までに味わったことのないような、熱くて皮膚にしみる煙が車内に充満した。
「熱い、熱い!」
父が私をきつく抱き寄せた。そしてその熱さが消えたのと同時に日差しが戻り、騒音も静まった。トンネルを抜けたのだ。
「水、水がほしい!」
「貴士、我慢するのだ。」
父はそう言った。(強くなるんだ。もう何も言うまい。)と、私は心の中で思った。その後トンネルを2度通り抜けた。煙と熱は私の弱った肺を焦がし、息がつまった。


各駅では、死体が薪のようにプラットホームに積み重ねられていた。救助隊員たちは、生存者が汽車から降りるのを手伝った。村人たちは、それぞれに汽車から降りてくる顔を捜して、プラットホームでひしめき合っていた。顔の形も溶けて分からないほどのひどい火傷で、多くの生存者は見分けがつかなかった。初老の農民が立ち止まって、降りてくる1人1人に息子の名前を呼びかけていた。
「私の息子ですか? あなたがそうですか?」
いったん乗客が外にですと、黒い腕章と肩章を着けた救助隊員は死体の捜索を始めた。彼らの白い手袋は、すぐに血まみれになった。


貞義は、祖父の腕の中でまた汽車に乗っていくことにワクワクしていた。うれしそうに汽車の音をまねしていた。マスヨ姉さんは、苦しい道のりの中、一度も不平を言わなかった。彼女は何度もため息をつき、痛みに耐えていた。私は姉のように勇敢になりたいと思った。父は侍のように静かに座り、深く瞑想していた。


汽車が紅葉駅に近づき、汽笛を鳴らした。村人たちは私達に手を振り、激励した。汽車が着くと、家族との再会を期待してざわめきが起こった。しかし、プラットホームに横たわっている大量の死体が、ワクワクする気分をくじいた。死体は歪んだマネキンのように積み上げられていた。爆心地から遠く離れたこの紅葉村の田舎であっても、焼けて平らになっていた。誰もこの現実から逃れられないことを悟った。