無言でとぼとぼ歩いていた群衆は、急にきちがいじみたように走り出し、汽車に一番近い扉から押し入って車内の小さな場所を奪い合った。弱い者は脇に押しやられ、殺到する人の中で踏みつけられた。プラットホームで困り果てた親たちは、見知らぬ人に頼んで、割れている窓から小さな子供を中へ入れた。汽車の中の状態は大変だった。ある人は、傷ついた体をぎゅうぎゅう詰めの車両に入るために歪めていた。場所が狭くなればなるほど喧嘩が起こった。汽車の外では、何人かが屋根や側面にしがみついていた。ある男の人が汽車の上に死んだ息子を乗せようとしていた。
「バカか、あんたの息子は死んでる。置いていけ!」
誰かが叫んだ。怒って見かねた人が、その人から息子を引き離した。
「生きてる人のために、場所を空けるんだ!」他の人が叫んだ。


駅長さんがホイッスルを吹いた時、喝采が沸き起こった。そして汽車は続いて出て行った。プラットホームに残された者は散らばり、ホームや線路上には、汽車から落ちた数人の死体が横たわっていた。最後の汽車は出て行った。


次の汽車が入ってくる前に、救助員は邪魔なものをどかした。常に油断なく慎重な父は、私達が暴徒に巻き込まれないよう、安全な距離をとっていた。父は涙ぐみながら、私達を苦しめてすまないとわびていた。マスヨ姉さんが言った。
「お父さんがいなかったら、私達は生き残れなかったでしょう。」
「ありがとう、マスヨ。恩にきるぞ。」
父は彼女に感謝しながら深く頭を下げた。彼女はその時16歳で、最年長の子供だった。
「貞夫、すまん。世話を焼かすのう。」
祖父が負担をかけていることをわびた。父は涙が溢れ出すのを抑え、自分の親を助けることは最も大きな名誉であると言った。その後、父は自分の顔を覆って地面に泣き崩れた。祖父は父の肩に触れた。裸の大地の上で、慰めようのない誇り高き2人の侍・・・。私は畏敬の念がこみ上げてきた。火傷の痛みも忘れるほどだった。


救助員は、紅葉村からの汽車がまもなく到着するだろうと言った。父は体についていた土ぼこりを払い、殺到してくる暴徒の群れを避ける方法を考え始めた。私達はすべてを父に託した。待ち焦がれた末に、遠くで鋭いホイッスルの音が聞こえた。私達はプラットホームの端の方に移動した。黒い煙がうめき声を上げて入ってきた時、父は屋根のある貨車の方へ急ぐよう合図した。既にぎゅうぎゅう詰めだったが、強引に押し入った。父は、吹き飛ばされた窓の下に空き場所を見つけた。群集へ背を向けて、父は片腕で自分を支え、もう片方の腕で私をひざの上に抱きかかえた。父は私を守ってくれた。マスヨ姉さんと貞義は、近くの隅に安全な場所を見つけた。祖父母は立ったまま彼らを覆って守っていた。


夏の夕刻の強い西日が汽車に照りつけた。じめじめした熱気で汗が滴り落ち、傷口からは膿がしみ出た。石のようにこわばった表情の大人たちの間で、甲高い子供の泣き声がますます不快さを広げていた。私達は我慢強く待っていた。ホイッスルが鳴ってからも、汽車が動き出すまで、永遠に続くと思われるほどの長い時間が過ぎた。


ようやく汽車が動き出し、新たな未来が始まった。汽車にリズムと速度がついてくると、煙が後ろに流れて私達の車内にも入り込んできた。煙を吸わないように浅く息をした。窓の外を見ると、恐怖から逃れるようにと率いているトラックの側でさまよい歩いている人の列が見えた。私達の目的地は、汽車で50km先の紅葉村だ。そこには母方の祖母トメと、夫の栄氏が住んでいる。祖母が駅で待ってくれていることを想像したが、私は祖母の顔をおぼろげにしか覚えていなかった。