あの一瞬で、広島は地獄と化してしまった。人の肉が焼ける臭い、手、足、顔から爛れ落ちる皮膚、血まみれのへどを吐きながら逃げ惑う何千人もの人々、頭のない赤ん坊を背負ったまま気が狂った母親、天国へ行く間際の子供たちの叫び声、炎に包まれた父や母を捜して泣き続ける級友たちの声、黒い油だらけの川に数え切れないほど浮かんでいる死んだ魚のように膨らんだ死体。1945年9月3日の夜、死神が勝利をつかみ、父は亡くなった。
「畜生!アメリカが俺の父親を奪ったのだ!」


その一瞬、父の復讐をしようという誓いは、今また新たに私の体に電流を走らせた。一気に涙と鼻水を拭き、車を発進させようとした。その時不意に、夏の暑さでむせ返るぎゅうぎゅう詰めの暗い防空壕の中で原爆前夜に見た夢が甦ってきた。千羽の鶴と同じほど強いという、伝説の“千羽鶴”。千羽鶴は私に、これから訪れるであろう数々の恐怖、喪失と苦しみ、生き残りと再生、そして繰り返し生まれる命と魂のイメージは、これからの40年間の私の人生だと教えてくれた。そして私が生き残るための鍵は、「自分が誰であるか覚えていること。そして自分の心に従うこと。」という父の言葉を覚えていることだと教えてくれた。そして千羽鶴が輝く火の玉の激しい渦に巻き込まれ、その後白い蝶になって私の元に帰ってきてくれたことを思い出した。


その夢の記憶があまりに鮮明だったので、私は再びその夢の中にいたのではないかと思うほどだった。私の心は苦しんでいた。1945年8月6日以来、何万人もの人々と共に、私は戦争に対して大変な犠牲を払ってきた。今私はただ一人、天と地の間にあるこのベイブリッジという人生の橋に立っているのだ。誰一人いない。前に進むのか、後ろに戻るのか? それともただ単に留まっているべきか?それは自分の心次第かもしれないと、私の心は改めて津軽海峡の冬の荒波のように荒れ狂っていた。


この40年間の私の人生が目の前に一つ一つのスクリーンを見ているように、そしてすばやくさっと過ぎ、何人かの親しい顔が思い浮かんだ。まず、仲村先生。先生自身の社会的な立場を危険にさらしながらも、私の味方をしてくれ、愛とは何かを教えてくれた。先生のやさしい柔和な顔は、天の使者のようだった。


次に、田村先生。もし先生が助けに来てくれなかったら、私は永遠にならず者だったか、あるいは今まで生き残ることはできなかっただろう。私の顔を力いっぱい何度も叩いた後に先生が見せた父の涙が私を変えてくれた。


それから、精神病院から私の魂と命を救ってくれた第一の敵であったメアリー・ファー。彼女も身の危険を覚悟で、私に真心と愛を与えてくれた。なぜ彼女はそこまでして自分自身の危険を覚悟で救ってくれたのかと、あの日の精神病院の病室で私の手を取って、母親のぬくもりを呼び起こしてくれたメアリーと二人のイメージが帰ってきた。今、現実に起きているように帰ってきた。彼女の真心の愛に包まれていた。


そして、心臓発作で集中治療室に入っていた時に見た3人の子供たち。長男のジョナサン、次男のネーサン、末娘のロクサンことプリンセス。3人は夜も寝ずにガラス窓から私を見守り続けてくれた。私の子供たちはどれだけ父親の私のことを知っているのか。本当の父親の姿を、どれだけ子供たちは知っているのだろうか・・・。